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塚根潤さん

映像学科2004年卒業

漫画家
イラストレーター
セットデコレーター ※

― 現在のお仕事についてお話をお聞かせください。※

普段は映画のセットデコレーターとイラストレーターをしています。先日、講談社の主宰する漫画新人賞を頂いた所なので、今は漫画家として、モーニングでの連載に向けて制作を詰めているところです。

― ムサビの映像学科を選んだ理由は何ですか。

映像学科に入る前は、哲学を専攻するつもりで高知大学に在籍しており、その頃にパースのプラグマティズムに影響されました。独自解釈ですが、プラグマティズムとは勉強して知識を詰め込むのではなく、常に現場主義で、とにかく実践してそれをフィードバックして改良し、それを積み重ねることで成熟していくという考えです。
このまま哲学の勉強をするよりも、とにかく制作していくことが有効だと思い、ムサビを受験しました。

― 学生時代はどの授業を選択していましたか。

象に残っているのは八ミリフィルムで制作したフィルム演習Ⅱやドキュメントの授業、ドラマの授業などの実写映像系の授業ですね。その他には写真も好きで受講していました。
2001年に失踪した中学・高校の同級生を探す過程をドキュメンタリー作品「返事の無いインタビュー」として制作しました。仲の良かった友人が何を思い、その行動を起こしたのか知りたくて、失踪の手がかりを探しながらカメラを回しました。結局、手がかりは見つかりませんでしたが、ドキュメンタリーとして人に見せることを意識しながら映像を構成することは、自分の中で友人の失踪を整理する意味でも良い手段だったと思います。
授業や作品制作では、例えば自分の考えを物語というかたちに変換して伝えたり、実際に起きていることをドキュメンタリーの手法で伝えようとしたり、ネタ(企画)を考えることから、撮影して編集まで全て自分達で行いました。お金は無く技術も未熟だけど、工夫し、時間をかけて制作できたことは、今思うと重要な経験だったと思います。

― ムサビでの経験から、現在のお仕事への結びついたこと、具体的に役立ったことは何でしょうか。

大学というのは元ネタをつくるところだと思います。元ネタを生み出す作業は大変で尚かつ、お金にもなりにくい。けれどもそれが一番大事なこと、創作における「金の卵」を作る作業です。卵は、それだけだとすぐに腐ってしまうタダのアイデアで、それを孵化させなきゃいけない。大学卒業後、自分は「卵」を作る所ではなく、孵化させる業種にいましたし、会社では元ネタをつくる経験はほぼ役に立ちません。
ただ「金の卵」を具体化する手段と実力は実社会で勉強させてもらいました。世の中って、売れるものを作って、買ってもらって、それで得たお金でみんな食べています。当然ですが、企業は効率的に具体化する為のノウハウを蓄積しています。
映画の装飾の仕事は、まず台本をバラす作業(台本を深く読み込んで、分解し、解釈すること)から始まります。つまり、台本からモノに変換する作業です。単に撮影用のセットを用意するだけでなく、撮影する事を常に念頭に置いて、いかなる準備が必要か、どういった条件で成立するのか、逆にどの状況はあり得ないのかなど、モノや人物の心情、時代背景等、あらゆる事を綿密に考察する必要があります。実はその視点が漫画を描く仕事にとても役立っているんです。僕が漫画を描く時は、まずプロット組んで、そこから脚本をつくります。その後、脚本をネームに落として、原稿を描きます。ネームから原稿へ移すときに、映画装飾の視点が活きてくるんです。セットが役者の芝居をかえる事があるように、原稿に清書する段階で漫画の内容がかわる事も多いです。
プロットや脚本はまさに学生時代、下手ながらにやっていたことが活きています。

― 台本をバラす作業、ネームから原稿へ移す作業、どちらも文字からイメージに具体化する作業ですね。

漫画の場合も、この脚本の設定だと背景にどれが必要だとか、無意識のうちに資料を集めていますね。ただ僕の場合、良い台詞が人に届くこと、絵よりも言葉を大事にしています。絵は下手ですが、文字は他の人と同じ土俵で勝負できます。僕の漫画では言葉の飾りとして、絵が付いていると言えるかもしれません。

― 鑑賞者に解釈をゆだねることよりも、はっきりとことばでイメージを伝えたいということですね。

ムサビで、文字を介さない映像表現の難しさを知り、挫折しました。良い作品に出会い、魅力に圧倒される感覚はもちろん分ります。でも自分がそれをつくることは難しい。それよりも自分の中に蓄積された言葉を吐き出したい。僕にとって言葉は、他人とやり取りできる唯一の手段だと思っています。
それに、諦めることは良いことだと思います。一つの可能性だけに絞り込んで勝負すると、どうにかなってしまうものです。逆に可能性を大事に抱え込んだままだと、そのままで終わってしまう。実際に、ムサビで映像表現を学んだ後、食べて行く為に仕事をする過程で、色々なものを捨てる必要がありました。何かを諦めても、結局大事なものは残っていきましたし、本当に必要なものは再び獲得できると信じています。

― 塚根さんは何を基準に可能性を判断しますか。

ゲーテの「人はその人の本来いくべき道に必ず戻ってくる」という言葉がありますが、高校時代にその言葉に出会ってから、決断にたいして逡巡しなくなりました。
大学で映像表現を学んだのに、セットデコレーターという他人の考えたものを具現化する仕事を選んだとき、最初は違和感がありました。だけど安心できたのは、どんなに自分の理想と乖離した進路をとり、紆余曲折しても、本当にものをつくりたいのであれば、いずれそこに戻ってくると思えたからです。ストレートに作家活動しても、回り道して時間かかっても、結局つくるのであれば同じことですから。
ただ、漫画家になると決心して仕事を辞めた頃は、収入は無くなるし、絵は描けないし、相当焦りました。今は担当の編集者さんが「塚根さんの絵は下手糞ですが、見ようによっては良いですから、そのままで大丈夫です。」って言ってくれてますから、どうにかなると思います。

01平野太呂|ファトグラファー‘97卒
02阿由葉聡子|(株)テレビマンユニオン‘05卒
03新井風愉|映像ディレクター‘02卒
04橋本典久|メディアアーティスト‘98卒
05DJぷりぷり|イベントオーガナイザー‘10卒
06フルタハナコ|キャラクターデザイナー‘01卒
07竹内泰人|映像作家‘09院卒
08塚根潤|漫画家‘04卒

映画のセットデコレーター、イラストレーターを経て、漫画家として活動。作品「記憶三部作」で、雑誌モーニング(講談社)の新人賞 第27回MANGA OPEN「さだやす圭賞」を受賞。
セットデコレーターの仕事に「20世紀少年」や「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」などがある。2012年現在「つかねじろう」のペンネームで活動中。

※2010年映像学科研究室パンフレット
『卒業生インタビュー』より転載
肩書き、所属等は掲載当時のまま