卒業生

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橋本典久さん

映像学科1998年卒業

メディアアーティスト
科学技術振興機構(JST) “さきがけ”研究員
東京芸術大学大学院映像研究科共同研究員
映像学科非常勤講師 ※

― 現在のお仕事について教えてください。※

現在は(独)科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」の研究員として、横浜にある東京藝術大学映像研究科で研究を実施してます。

― …ムズカシイですね。具体的にはどういうことをしているんですか?

肩書きはややこしいですね。要は僕が映像学科の3年生の時から作っているパノラマボール(※1)という球体写真があるんだけど、そのころから動画として表示できるディスプレイができないかと思っていて、助成金をもらい、今、それを作っているところなんです。

― なるほど。映像学科でしていたことが引き続き、今の仕事になっているんですね。映像学科にはどうして入ろうと思ったんですか?

高校生の頃は映画かCMを作りたいと思っていたんです。割り切った受験勉強が苦手で、二浪もすることになってしまって、その間に広告には興味はなくなってしまっんですけど(笑)。でも映像への興味と可能性の予感は増すばかりでした。結局、純粋に「映像」をやりたかったのかもしれないですね。写真や映画を専門的に学びたいというのもあったけど、やっぱりムサビは美大だから自由度が高いと思ったし、いい予感がありました。ムサビに入ればどうにかなるだろう、何か見つかるだろうって。

― 映像学科の授業はどうでしたか?

いきなり動画の映像ではなくて、写真の基礎からみっちりと勉強できたことは良かったと思いますね。映像の基礎を知る上でとても重要なことだと思うし、今の僕は学生時代に受けた授業でできていると時々、思ったりもします。大判カメラで12号館を縦のパースをつけずに撮るっていう課題があったり、棒ヤスリをただ撮ったり…。ここは写真学校かって思うくらい写真をやってました(笑)。
でもおかげで、大判カメラの凄さを実感できたし、構造を見て、なんだ結局レンズとフィルムだけじゃないかって分かっちゃった。そういうことが重要でしたね。それまでブラックボックスだったカメラが、わかっちゃったんですから。そんなことが、授業を通して、腑に落ちるというか、実体験として理解できました。それからは、ややこしいと思っていたことも、できるだけシンプルに考えてみるようになりましたね。

― 授業を通して考え方も身についていったんですね。他にも印象に残ってる授業はありますか?

3、4年の時にとっていたメディアアートの授業は聞くたびに新しい発想が出てくる不思議な授業でしたね。当時はメディアアートの黎明期というか、まだ確立されていないもの、っていう感じがして、そういうところも魅力的でした。ムサビに決めたときと同じように、とにかく自由にやれそうなことに可能性を感じてました。
今でも、はっきりと様式化されたところにはあまり興味がなくて、なぜか、よくわからないところに突っ込んでいきたい、この先が知りたい、この先を見たい、これを解きほぐすと何かありそう、っていう方向に強い興味がありますね。それで、やってみてうまくいかなかったら自分の立ち位置に戻って、また違うことをやってみる。学生時代はそんなことを繰り返してましたね。

― 立ち位置ですか。そういうものをはっきり作っておくことって大事なんですね。

大事だと思いますね。でも立ち位置は作るっていうよりも、友達や先生と話したり、自分の性格や指向性がわかるにつれて、ぼんやり見えて来たような気がしますね。友達や先生と話していたり。特に先生は、専任の先生以外にも色々なジャンルの非常勤の先生を入れると、色々なジャンルのすごく多くの先生と関われますよね。

― そうですね、橋本さんも映像学科の先生ですが、映像学科はムサビ中最も、先生が多いんです(笑)。

そうなんだ(笑)。でも大事なことなんですよね。関わることのできる先生の数だけ、授業もあるし、色々な見方にも触れられますし。僕にしてみても、自分の気付いていない可能性を教えてもらったり、高く評価してくださる先生とも出逢えた。
今思えば、いろいろな授業を通して貴重な<発想の種>をもらっていたんですよね。先生と意見が異なることも種にすればいいし、考えるきっかけにすればいい。もっとたくさんの種を集めておけば良かった!

― そうして集めた種から芽が出てくるんですね。

そう思いますね。パノラマボールという球体写真作品も、間違いなく写真の授業が種だったんだと思います。課題が終わった後に何かがひっかかっていて、それが気になって一人であれこれと続けながら、試行錯誤していました。

― マジメだったんですね(笑)。

そう言うと真面目な学生に思われるかもしれませんね(笑)。でもそうじゃなくて、ほんとのところはただ好き勝手に遊んでいただけなんです。そんなことをしていたら思いがけず出来てしまった。出来てしまったけど、これがなんなのか良くわからない変なものだったんです。ハサミと糊で写真を切り貼りしていたら、ごちゃごちゃしたものではなく、スッとしたものが現れた。ややこしい問題が、意図せず解けてしまった。でも、解はできたけど、証明ができない。その証明にはさらに数年かかりました。そして次の、そのまた次の、新しい問題に出逢ったりしていくわけです…。
最初にも言ったけど、当時からいずれ動画にしたいって思いもあって、今の研究でもそれをやっているのだから、今でも教室で一人居残りで課題を続けているようなものですね(笑)。

― 長い居残りですね(笑)、じゃあ今も充実してるんですね。これからの展望があれば教えて下さい。

そうですね。学生時代からの夢(=課題)を叶えている最中なので現状には満足しています。今夢中になれることに取り組むことが、やっぱり未来になっていくわけで、むしろ取り組みたいことがあるかどうかってことが問題なんですが、やればやるほど奥が深まるばかりです。
筑波大学の学生と組んで、超高解像度人間大昆虫写真 [life-size](※2)を作っていた時に、自然とすごく触れ合い、自然の凄さを改めて実感することができました。基本的に写真はシャッターをきったら撮れてしまう。でも光景を記録しただけで、被写体を理解できるわけではないんです。その距離をとても感じていました。昆虫を通してやっと自然を理解する扉が開いたって思えて、嬉しかったですね。美術館だけでなく、博物館や科学館などからも展示の依頼が多く、専門家からの評価がとても高いことにも驚いています。自分たちは専門家じゃないから面白いと感じているだけかと思っていたけど、専門家では思いつかない展示方法だと言われました。
そんなこともあって、作品の可能性をまだまだ探っている段階です。データベースを公開して、教育現場でも使ってもらいたいと思っています。人類が長い年月をかけて獲得した、自然と共生するいろいろな智慧がありますが、別の方向を見るのではなく、その先にこそ何かあると考えています。いい未来が来ないとやっぱりいやですから。ムサビの映像学科で学んで獲得した考え方と、問題の見つけ方、解決のプロセスと飛躍方法で、世の中に深く切り込んで行きたいですね。

2008.05.24 聞き手 竹中 俊明

01平野太呂|ファトグラファー‘97卒
02阿由葉聡子|(株)テレビマンユニオン‘05卒
03新井風愉|映像ディレクター‘02卒
04橋本典久|メディアアーティスト‘98卒
05DJぷりぷり|イベントオーガナイザー‘10卒
06フルタハナコ|キャラクターデザイナー‘01卒
07竹内泰人|映像作家‘09院卒
08塚根潤|漫画家‘04卒

※1 パノラマボールとは、フレームによって空間を切り抜かないメディアが存在しないことに疑問を持ち、試行錯誤の結果完成した球体写真。通常、全天周画像は大型の球体ドームシアターでのみ上映可能となるが、球体の外側に像を出したため、大きさから解放され、手に取ることのできるほどの小型化が可能となった。映像学科の3年次より発表と開発を進め、2002年文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。

※2 実際に採集した昆虫を家庭用スキャナにより撮影、人間大のサイズに拡大プリントした。高解像度なので、蝶の鱗粉のような微細な細部まで、作品に近寄ることで見る事ができる。昆虫の形態の合理性や色彩の美しさから、生きものへの興味や命の神秘を感じられる。2004年の文化庁メディア芸術祭アート部門奨励賞受賞。

※2008年映像学科研究室パンフレット
『卒業後までイメージする』より転載
肩書き、所属等は掲載当時のまま